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【日本商業新聞 コラム】-706- サイトラ⑵ えこひいきのつらさ

日本商業新聞

小学1年生の運動会で団塊農耕派は1等賞を取った。でもそれを自慢したことは一度もない。なぜならそれは〝疑惑の勝利〟だからだ。その事件は先生と自分だけの秘密だったが、半世紀以上が過ぎ、その先生も亡くなり、いまでは笑い話として口外している。



50メートルほど先の砂場に埋められているサツマイモを見つけてくるという原始的な競走。しかし鈍くさい団塊農耕派がいくら掘っても出てこない。焦り始めるが一緒に走った5人の誰もまだ見つけていない。そのとき先生がそっと後ろに回り、わからないように団塊農耕派に何かを握らせた。芋であることはすぐにわかった。何も考えず一目散のゴールに向かう。一等賞だ。父兄席で小躍りして喜んでいる祖母の姿が見える。一等賞の景品は大学ノート。凱旋して祖母の所に駆け寄ると、盲腸炎の手術で入院中の母にも見せたかったと涙ぐむ。


何が起きたか最初はわからなかった。不正をしたという意識もなかった。皆がそうされるものだと思っていた。でもそうではないことを後の組の様子を見ていてわかった。特別扱いは団塊農耕派だけだった。下校の途中で母の入院している病院に寄った。母は喜んでくれたが、後年、この時の団塊農耕派の作り笑顔を不思議に思ったそうだ。



えこひいきされる子には3つのタイプがある。まずは可愛い子。次は親が付け届けをしている子、そして最後が地域の有力者の子。団塊農耕派は最初の2つには縁がない。考えられるのは3番目。古いだけが取り柄の家だが祖父はそれなりに地域の顔だった。


「えこひいきされるのは嬉しくない。むしろ苦痛」まともな人間ならそう感じるはず。ところが昨今のアメリカ人、なかんずくトランプを支持する人はそうではない。トランプが吹き散らす不道徳な「アメリカファースト」の恩恵に浴することにちっともうしろめたさを感じていないように見える。団塊農耕派が小学1年生ですでに持ち合わせていた〝えこひいきされることを恥じる気持ち〟など持っていないようだ。


トランプは政治家になってはいけない人だとつくづく思う。利己主義で徳の無い人がやればえこひいきは犯罪になる。事実彼の施すえこひいきの裏には必ず多大な犠牲者が出る。イスラエルを擁護してパレスチナ人を、白人の雇用を優先して貧しい移民を、ロシアを肯定してウクライナ人を、恐怖のどん底におとしいれている。それが人気取りのためであり、一族への利益還元のためであることぐらい思考回路が幾分マヒしたアメリカ人でも分かりそうなものだが、この大過剰のえこひいきサービスを有難く受け入れている。自分も加害者だと言う自覚は無いものだろうか。



団塊農耕派に芋を渡した先生には別の思い出がある。2年生になり成績も良くなった団塊農耕派は学期末の終業式で成績上位数名がもらえる「優等賞」を期待していたが、見事落選してしまった。その時の先生の言葉が忘れられない。「これからはいくらでももらえるよ」 この言葉を思い出すと、この先生がなぜ芋を渡してくれたがわからなくなる。ひょっとしたらおとなしすぎた団塊農耕派に自信を付けさせるつもりだったのかも…。トランプのでたらめなえこひいきとは違う温かいものを感じてしまう。

(団塊農耕派)

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